Diary

気象痛報

朝から茶色が悪さばかりするので散歩の途中「捨てるよ。牛くんだけ連れて帰る」と雷を落としたら、ちょっと効きすぎて家に帰ってきてもしょんぼりしている。仕方ないから外に出て行って和解。膝の上に座ってしばらく動かなかった。共感性に溢れる牛は一緒になっておろおろしたり、解決したらはしゃいだり、忙しい。

午前中に「末裔」ゲラを終わらせた。
精米、ドラッグストア、スーパーとはしごしたら疲れて、帰ってきて寝てしまった。

寒いので広範囲に痛い。調べたら雨の予報。天気がわかるカラダになったか。
せっせと風呂に入ってあたため、医師に教わった通りストレッチに励む。
夕飯がわりにすりりんごを食べた。北斗という品種、味も香りもすばらしい。気に入りました。


リンゴしゃくしゃく

五種類のリンゴを生産者の方からいただいてFMの人と分けた。箱を開けたときの香りがすばらしい。品種ごとの特徴も書いてあって嬉しい。今日から一個ずつ食べてます。(事前にマッサージの儀式を入念にやれば、最初痛いけれどあとはおいしくいただけます)。見てるかどうかわからないけど、どうもありがとう。
群馬というところは、野菜もほぼなんでもあるし、果物もかなりの種類がある。気候がさまざまなので同じ時期に多種多様なものが収穫されるところが豊かだと思う。大人になってから果物はあまり食べてないので何も語れないけど、季節のおいしいものがまだまだあるんだなあ。

とりあえず椅子は組み立てて満足(全然難しくなかった)。午前中は対談の補足原稿を書いたり、「末裔」のゲラをやったり、「下戸の超然」の資料を読んだりしていたけれど、変な時間に風呂に入ったらぐだぐだになってしまったので午後は寝ました。ちょっと疲れがたまってました。


組み立て前の椅子はすごい邪魔

この商売初めて一度もまともな椅子で仕事したことがなくて(一時期なんかキャンプ椅子)、商売道具なんだからちゃんとしたものにしろと家族友人編集者工務店にまで言われていました。そのうちねー、なんてへらへらしてたんですが、寄る年波と肩や首の凝りに耐えられないようになり、とうとうエルゴヒューマン買いました。
届いたでかくて重い梱包見て、組み立てる気なくなりました。

今日は野性時代に対談ゲラ送って、FMの音源準備して、FMへ。今日のセレクションは川俣惠さんの「ハトの歌」、おすすめ本は伊藤比呂美氏「伊藤ふきげん製作所」

昨日はグレたこと書きましたが、食前の耳下腺マッサージ、思ったより効くみたいです。がんばろー。


トオルくんかよ。

耳鼻科通院。
・視力はまだ変化するかもしれないが、一番早く落ち着く。
・末梢神経切断に伴うこわばりや凝り、耳の痛みなどは半年〜一年の単位で緩和。リハビリを行う。
・食事の痛みは、食前のマッサージと新しい薬で対応。
聞けばすぐに納得する答えが返ってくる。さすが名医、と感心したが……

新しい薬と聞いて名前も確かめず出てきて処方箋を見たらあろうことかテグレトール。十年来飲んできて、最近は抗うつ剤との兼ね合いを気にしながら少しずつ量を減らしてきたそのテグレトール。唾液分泌と関係あるのは知ってるけど、今現状毎日200mg飲んでるし、効かないっす、それ。

喩えて言えば、「前の人とちょっと合わなかったけど、ステキな人を紹介してくれるって言われたので楽しみにしていたら、ガキの頃から知ってる隣の家のどら息子を紹介されて、いやいやそいつ無理だから」というレベルのダメージ。
せめて3日くらい期待して暮らせる知らない名前の痛み止めが欲しかった。ブロック注射も打ってくれって思ってた。
なのによりによってトオルくんかよ。

この腫瘍の治療に関しては6月くらいからずっとポジティブに来たけれど。
薬でだめなら、よーし、マッサージで解決しよう、痛み消えるかもよ? とは思えない。
最低でもあと2週間は痛いってことなのか。一日三食だと52回あの口の中爆破されて穴があいて崩壊するような痛みを感じるってことか。(実際は痛みが怖くて飯が食えなくなってきている)
帰り道の下道50キロ、ちょっと、くじけた。


おかわりの心

ごはんの後あさましく地面を嗅ぎ回り、米粒一つ見逃すまいとしている犬どもに、
「オマエらには、ご馳走様という感謝の心はないのか」
 と、言うと、茶色が憤然として座り私の目を見て、
「おかわりの心ならあります!」
と言ったので、ひるんだ。(正確には、ごはんくれを表す口ぱくぱくを、何度もやった)
「おかわりですおかわりです!」と牛もまとわりついた。
おかわりはさせない。でぶは一家に一人でたくさんだ。今は痛くて食えないでぶだけど。

編集者の連絡が来たのが午後で、5時起きの私は集中力が切れてしまったので街に下りてメガネを取りに行き、接骨院に寄って戻るともう夕方の散歩。日照時間が短いので慌ただしい。
やっと「人のメガネで仕事をしているような疲れ」から解放されて、「末裔4」の仕上げをした。もう一度見直して脱稿。


メガネなど

「末裔4」、昨日は14枚書いて、枚数的にはクリア。第一稿を群像に送付して、編集者からのアドバイスを待ちながら細かい部分に手を入れ、仕上げの作業をしている。仕事で一番楽しいのがこの段階。いつもは最悪でも締切二日前に出していたが、今月は締切当日になってしまうのが悔しい。

術後視力が急に変わったため、一代前のメガネを運転用に使ってちょうどいいのだが、文字を見たりパソコンを使うと見づらくてひどい頭痛がする。
メガネ店に行ったところ、右目の視力が上がり、乱視がかなりとれたこと、もともと斜視だが左右の見るバランスが変わったことが分かり、一番かけやすい9999のフレームに新しいレンズを入れてもらうことにした。
首の手術をしてなんでいじりようのない視神経に影響が出るのか、これが一時的なものなのかさっぱりわからない。

食べるときの唾液腺周辺の痛みは痛い時間が長くなり、痛み止めも効かない。献立を考えるのがだんだん苦痛になってきた。
飲み物はスープや味噌汁以外なら大丈夫だが、うっかりカルピスを飲んだら激痛で悶えた。

美容院はもう少しで行けると思うけれど、まだどうしても触ってほしくない場所があるので、前髪だけ自分で切った。ウチの庭みたいなアタマになってます。


「末裔4」を書いていた。枚数的にはあと4枚。細かいところは明日以降。


取材〜シャモ鍋

昨日は「下戸の超然」の舞台となる町の取材に行った。小田原のときと同様、カンで決めたものの殆ど知らない街だったため。行ってみて間違っていなかったとわかる。登場人物の居住地域、仕事場の所在地の環境や位置関係など見当をつけ、歩く人々の年齢や服装、表情なども見て収穫は十分にあった。カレのアメ車で450キロ日帰り行程が思いの外厳しく、運転していないのに背中や首、顔周辺のあちこちがきしみ、凝り、張り、痛み、ぼろぼろになった。

しかしカレと行ったからには、帰ってきてばたんと寝られるわけがないのだ。帰りの道の駅で、骨付き軍鶏肉とダチョウの肉を手に入れて、夜は我が家で軍鶏鍋ーダチョウのしゃぶしゃぶ。

当然といえば当然、今日は体調最悪で、「末裔」の締切も迫っていて、それなのにFMの選曲。テクノ、プログレ、スカビート、マンボ、歌謡曲などどれ一つとして体によさそうではない音楽をたてつづけに選び、聴いていた。これから原稿書かなきゃ。


持つべき物は皺

二度ほど寝汗をざんぶりかいて起きたら、首と背中がブロック塀みたいにかちこちになっていた。散歩風呂掃除洗濯親子丼(一応五七五)と済ませて接骨院へ。なんとかきついGジャンで着衣泳くらいまでほぐしてもらった。昨日できなかった「末裔4」もすすめた。

傷周辺の麻痺した皮膚の感覚が戻ってきてから、首から右頭頂部にかけての痛みと首のひきつれる感じ、顎や頬の筋肉のだるさや違和感など、顔周辺が忙しい。もちろんいずれ回収される不具合だし、機能を残すために手術をしたのだから不満や不安は何もないんだけど、どうも顔周辺というのは煩わしいものではある。

午後、読売新聞 一病息災(4回)取材。
神経鞘種と躁鬱病についてインタビューを受けた。11月5日から四週連続で木曜夕刊に出るそうです。
写真は、まだ傷口が生々しすぎるのと(いずれ首の皺に組み込まれる予定。皺ってすばらしい、皺に感謝)、腫れてるところがいちだんと福々しいので偏った角度からでお願いした。事前に問い合わせたが、写真なしもしくは過去の写真というのはどうしてもまずいとのことだった。

洋風縁側で撮ってもらっていると、茶色がしきりに横目でこちらを見る。なぜ正面から見ないのか。
どうやら、プロのカメラマンとシャッター音に反応して、ポーズを取って動かずにいたらしい。撮影が終わった途端立ち上がって大あくび。キミの写真は新聞には出ないけど、ご協力ありがとう。


食事の痛み復活。傷周辺から耳の中までの痛みが継続してあり、鎮痛剤を飲んで寝ていました。
今日は仕事するつもりだったんだけど、できなかった。


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