Diary

巻き寿司についてのエッセイ 馬事からっ風(62)

このエッセイは、乗馬クラブ高崎が発行している毎月のお知らせ『ぽこあぽこ 3月号』より連載中の「馬事からっ風」第62回を、許可を得て転載したものです。
 
 

かねてから思っていたこと。なぜ鉄火丼はあるのにかっぱ丼や干瓢丼はないのか。
ごはんものは、種類によって守備範囲が違うからです。おにぎりもかなり守備範囲が広い方だと思いますが、巻き寿司(特に太巻き)にはかないません。酢飯を人にたとえるなら「なんでもありだからどんと来い!」と言ってくれる、器の大きなまとめ役です。桜でんぶや高野豆腐といったクラシックな常連だけではありません。マグロやイクラ、カニのような海鮮界の上流階級とも、ツナやカニカマのような庶民とも分け隔てなくつき合います。卵やきゅうり、レタスなど台所のレギュラーメンバーも活躍しますし、アボガド、焼肉、エビフライ、唐揚げ、クリームチーズ、納豆のような個性派も無理なく馴染めるのです。食感で言えば弾力のあるもの、ぷちぷちはじけるもの、さくさくしたもの、あらゆる具材を「大勢で来ても大丈夫!」と受け入れる。味付けのあるなしにもこだわらない。具材が大きくても小さくても、切り方が下手くそでも巻いてしまえば問題ない。そしてすべてを、香りのいい海苔がしっとりと包んでくれるのです。遠慮することなくみんなが受け入れられ、個性を発揮しつつ周囲とも調和している。これこそ多様性の実現、理想の社会ではありませんか。次に生まれてくるときは具材となって寿司に巻かれたい、とまでは思いませんが。

 

スーパーでもらった恵方巻きのチラシに触発されて、ずっと作ってみたいと思っていた太巻きに挑戦しました。一人暮らしのくせに大きな寿司桶は持っているのですが、巻き簾は今回初めて購入しました。スーパーで200円、ずいぶん低いハードルでした。巻き方はYouTubeにいくらでも転がっています。酢飯が雑だったり、お刺身の鮮度が今ひとつだったり、隙間ができてぐすぐすしたり、失敗もありましたが少しずつ上手く巻けるようになってきました。
太巻きの魅力は、巻くときの手応えのおもしろさ、包丁で切った断面の華やかさ、つまみ食いのおいしさ、お弁当に持っていけることなど枚挙にいとまがありません。問題はただ一つ、ごはんが瞬時になくなることです。お米一合で作った太巻き2本が、実感としては0.5秒くらいでなくなります。幸せとは儚いものなのです。
 

(絲山秋子「馬事からっ風」 TRC乗馬クラブ高崎『ぽこあぽこ 3月号(2022年)』より)


TOP