Diary

第19回絲山賞

第19回絲山賞は松尾亮太著『考えるナメクジ 人間をしのぐ驚異の脳機能』(2020年 さくら舎刊)にさしあげたいと思います。
私は(本書にはあまり出てこない)ヤマナメクジが少しだけ好きですが、多くの方はナメクジが好きではないと思います。好きになる必要もありません。それでも全人類に読んでほしい! と言いたくなる貴重な一冊です。
タイトル、副題に偽りはありません。
ナメクジはその小さな脳で考え、迷い、学習するのです。「学習」とは「なんらかの経験によってその後の行動が変わること」ですが、ナメクジは高度な論理学習もでき、また記憶力も優れていることが実験によって証明されています。
また、脳の再生やニューロンの新生、体の成長に合わせてDNAを増やすことなど、人間だけでなく多くの動物では考えられないような機能や生存戦略を持った動物だということも書かれています。
これまでの生物学の常識を書き換えるような研究で、今後の脳科学や医学などに応用されるのかもしれませんが、しかし一般読者の暮らしが明日から変わるようなことはありません。
けれども世界を広げてくれるのは、科学でも芸術でも人との交流でも、すぐには役に立たないことなのだと私は思います。「常識と非常識が入れ替わるダイナミズム」と著者は書いていますが、科学者の発見は、心に無意識にかけていたブレーキを外してくれます。驚きが小さな喜びに変わり、最前線の現場で研究や仕事をする人に対して尊敬の気持ちが生まれるとき、世界は少しだけ広がります。自分の経験から得られるものとは違った幸せを感じます。
蛇足ではありますが「なにかつらいことがあると」「目立たぬように慎重に生きる、という堅実なナメクジの生き方」など、真面目に語れば語るほど研究対象への愛が溢れてくる文章もとても魅力的です。


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