Diary

4時始業

新潮の小説、まだタイトルはわからない。中身がどうだかは別として、こんなに生き生きと物を書くのは久しぶりだ。ああ、物書きで良かった、と思うのはこういう瞬間だけだ。「袋小路」とか「くそたわけ」、あとは「ニート」のときもこんな感じだったか。ちゃんと寝て、馬にも乗って、24時間で30枚というのは私にしては早い。でも10日で300枚は書けません。


ほっとしました。

朝通院。午後仕事。

連休中、毎日パソコンの前で考え込んで全くすすまなかった新潮の小説が、今日の夕方になってやっと動き出した。私の場合、毎回そうなんだが今回も動きを止めていたのは文体だった。いままでの文体はだめで今度のはいいと思う。するするっといくらでも出てくるようになったら取材に行きたい。

どんな仕事でも一緒なんだけど、仕事の結果が出ないと自分を責めるよね。そういうのはよくないって判ってるんだけど、ここんとこずっと私は私に叱られっぱなしだった。いつまで書けない日が続くやらと思っていた。やっと一息つけそう。


食傷

ハナコのエッセイで書く料理のために、同じものを作っては改良し、改良しては応用し、食べ続けてつらい。夕飯やめちゃえ。

眼鏡のかけ具合の調整をしてもらった。とても良くなった。馬に乗るときにかけているから「いがむ」のだ。特に落馬なんかすると。こないだ日記に書いた「いがむ」は名古屋だけでなく近畿地方や広島でも使うと情報多数、ありがとうございます。たとえ北関東で通じなくても仲間がたくさんできた気分です。


春の猫が一匹路地を横切っていった。

連休が終わったらしい。さんざん休んでおいて連休ボケとか言うなボケとか思っているのだが、街に出てもあまりの静かさに呆れ果てるばかり。
最近、個人的に恋愛の相談にのることが多い。いつかこっちも相談してやると思うが、なんにもなさそーです、当分。


ぱらっと雨

あるはずなのにないもの。電球のスペア、いつも使っている口紅、折り畳み傘、ゲッツ・エヴァンスのCD。
仕事がはかどらないと掃除ばかりする。おかげで台所や部屋はきれいになるが、見つからないものは見つからない。けれども、私は以前、下駄箱から灰皿を見つけたことだってあるのだ。捜索の手を緩めてはいけない。

やっとロビン・ヒッチコックにメールの返事を書く。4月の鬱のときにとても心配をかけたのだ。今年も10月に来日してくれるので、再会が楽しみ。


スカスカ冷蔵庫

明日は調教補佐を休むことにした。ずっと5時半起きだった、10時には帰ってきてたけど。
飲食店が連休だらけなので、家で酒を飲んでいる。マッドネスやフィッシュボーンを聴いている。お腹がすいたらエノキのバター醤油炒めでも作ればいい。チャーハンを作ってもいい。でも、あまり作ると明日食べるものがなくなる。ウチの冷蔵庫のなかは、基本的に無職の時代と変わらない。


それでもひとは休んでる

新しく来た馬に乗る。まっすぐ歩かない。前を見ていない。一体どういう人生をおくってきたんだ君は。
ハナコのネタの料理を作って試食。日経のエッセイを直す。暑いので自転車でポロシャツを買いに行った。小説は今日もすすまない。こんなはずじゃないのに。


昼風呂、昼寝

日没の場所がどんどん北へ移動している。浅間を中心に見ているのでよくわかる。地平線ではなく、山の陰にかくれるので、日が暮れてひと呼吸あってから夕焼けがはじまる。
鳥の声はうるさくないのに、近所の犬はやかましい。

今日は日経エッセイしかできなかった。ここのところずっと夜は飲んで朝は早起きだったので、昼寝が気持ち良かった。


いがんどるがね

昨日の日記の間違い、正月は実家に顔を出しているので、下京していない一週間というのは去年の11月の21日からの一週間以来。

意識せずに、「本棚がいがんでてさ」と言ったら群馬人に通じなかった。えーっ、いがむって群馬弁じゃなかったっけ、とあわてて福岡の友人にリサーチしたらまわりで誰も使っていなくて、名古屋の友達が使っていたとのこと。そうか名古屋弁でしたか。頭んなかぐちゃぐちゃだなあ。あ、ちなみに意味は「歪む」ってことです。ゆがむって言いにくくない?

今日は朝調教補佐、午後新潮の小説、全然すすまない。水脈が見えない。


お稽古事じゃあるまいし

散髪。「連休おでかけ」とかではなく、単に昨日の暑さにやられただけ、というのが美容院の人にはまるわかりである。くやしいけどその通り。

今週は久しぶりに下京しなくていい一週間だ、すごく気分が楽だ。毎週東京通いをいつから続けているかといえば、一月の二週目からである。来週も行かずに済めばいいなあと思っている。


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