Diary

第17回絲山賞

絲山賞は、私が一年間に読んだ本のなかで一番面白かったものに対して個人的に敬意を表しているものです。「自分には書けないもの」を基準に、2004年から毎年12月に選んでいます。これまでの受賞作品につきましては当サイト「プロフィール」から「絲山賞について」をご参照ください。

第17回絲山賞は、西崎憲著『未知の鳥類がやってくるまで』(筑摩書房刊)にさしあげたいと思います。
 

この短編集が出たことで世の中が騒ぎになっていないのが、ほんとうに不思議でたまりません。SF やファンタジーといった枠に納まりきるものでもありません。いくつもの大きな賞をお受けになったあとに、絲山賞で追いかけてささやかなお祝いの言葉を添えられればと思っていたのです。多くの良書に出会えた2020年の読書のなかで、これほど圧倒的だと思わせる作品は他にありませんでした。
西崎憲さんの文章を読むと、私は静かで明るい場所に座っている気分になります。繊細で透明感のある弦楽器の音や、素朴な見た目なのに一口食べれば体のなかが爽やかになる果物を思います。
描かれる短編小説は誰も見たことのない景色や、不穏な事件、謎めいた存在などですが、勢いや力技で書かれたものとは異なります。強靱さと静謐さを兼ね備えた文章はすべて無駄なく、潔く着地しています。これは言葉という素材や余白まで含めた文面の構造をよく知った手によってしかなされない仕事だと思います。そのことに心からの賛辞をお送りするとともに、著者が広げてくれる文学の奥行きを、同時代人としてさらに味わってみたいと思います。
個々の作品のすばらしさについては、敢えて申し上げません。ぜひ手にとって読んでみて下さい。


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