Diary

第七回 絲山賞

絲山賞の説明とこれまでの受賞者一覧につきましては、トップ→プロフィール→絲山賞について でご覧ください。時期がいつもより少し早いですが、第七回 絲山賞を発表します。今回は、

「いい女vs.いい女」木下古栗氏 群像12月号

となりました。以下、選評のようなもの。

06年のデビュー以来、ずっと読み続けてきて、次第にとんでもない作家だと思うようになった。今回、これが彼のベストだろうか、ということでは少し悩んだ。好き嫌いで言えば、09年の「淫震度8」の方が好きかもしれない。だが、なにがベストかなんて考えること自体がこの人の著作に関しては間違いだと気づいた。私は単に、木下古栗氏の「この時期の作品」と同じ時代にいる、それだけのことである。

木下古栗氏の魅力はなんといっても、過剰に緻密な表現で描かれるばかばかしさである。ばかばかしいことはすばらしい。笑うことを期待して読んで、実際におかしいから笑う。だがその笑いは「不愉快」と隣り合わせの、ぞっとするようなところにある。笑っていた自分は、実は足を踏み外すぎりぎりのところにいたのだと思い知らされ、読者の特権と言ってもいい傲慢な視線はあっさりと否定される。

「いい女vs.いい女」では、この「不愉快さ」が、今までよりさらに鮮明になっていると感じた。エピソードの無意味さ、人物造形の無意味さ、ストーリー展開の無意味さ、そして読者である自分の無意味さをも突きつけられること。文学と読者がぐっと近づく場面において、こういう不愉快な経験こそが本物だったりする、こともある。「読み物」と「文学」の違いはそこにあるのかもしれない。

木下氏は書くことについて徹底して自覚的であり、すさまじい執着を持って実験的な小説に取り組んで来た。彼の小説の中ではすべてが普遍であり、同時に普遍などどこにもないとも言える。

長くなりました。なんの役にも立たない絲山賞ですが、一貫したその姿勢に敬意を表したいと思います。今後、ますますのご活躍を心より願っております。


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