Diary

第三回絲山賞

絲山賞というのを、個人的に、毎年やっている。要は私が一年間に読んで一番面白いと思った作品を公表するというもの。一昨年は古処誠二氏と町田康氏、昨年は赤染晶子氏にさしあげた。さしあげたって言っても、ここに書いてるだけで、受賞者に通知もしなければ何も出さない。名誉でも不名誉でもない賞です。

ということで、今年は第三回。多和田葉子氏の「海に落とした名前」(新潮社刊)が受賞となりました。
本の読み手というのは大抵、大まじめなんだけれど、そこをずらして、書き手ではなく、主人公がふざけている。その頃合いがすばらしい。表題作は飛行機の緊急着陸で自分の名前を忘れてしまった主人公が、最初はほとんど無言で、最後には饒舌に話しだすというもの。その饒舌さの飛び具合が面白くて、名前と記憶という二つの中心を持った楕円が不規則に回転しているような印象を受ける。しかし、それが決して不愉快でないのは、トーンが一定して清潔であり、言葉が繊細に組み上げられているからだと思う。個性的な登場人物たちも、浮くことなくしっくりはまっているのは見事だ。

幾多の賞を受賞されている多和田さんは、絲山賞など進呈されても何もうれしくないとは思うけれど、今年のナンバーワン(と言ってもたくさん読んでいるわけではありません)ということで、読者のみなさまにはおすすめします。お正月に読む本を探している方はぜひ。


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